忠節駅 正面 2003年 8月 撮影 |
忠節駅は、岐阜市内線(軌道線)と揖斐線(鉄道線)の接続駅です。 2003年3月には旧駅ビルを改装した、現在の忠節駅が開業しました。 以前は旧忠節橋の南北にそれぞれの終点があり、乗り換え客は長良川を渡ってい ましたが、昭和23年には美しいアーチで有名な現在の忠節橋が完成し、市内線 の終点は橋の北側へ移動しました。 その後両線を接続するために揖斐線のルート変更が行われ、忠節橋の北端付近に 位置していた忠節駅は、昭和28年に現在の場所に移動しました。 また市内線も更に延伸され、昭和29年には岐阜市内線と揖斐線が接続し、忠節 駅は接続駅となりました。 しかし揖斐線の車両のほとんどは鉄道規格の大形車両であり、また市内区間では ホームが無いためステップが必要なことなど様々な事情があり、両線の直通運転 が実現したのは専用車両が登場する昭和42年になってからでした。 1972年(昭和47年)には屋上にプールを備えた4階建てのショッピングセ ンターが開業し、忠節駅も駅ビルの中に移転しました。 その後 新形車両の投入とダイヤ改正、4番ホームの新設などにより、揖斐線の 列車の全てが市内線直通列車となりました。 2000年(平成12年)2月に駅ビルが閉店となった後は忠節駅で買い物や 時間待ちをする利用客は激減し、1階で忠節駅だけが営業を続けました。 2002年(平成14年)から駅ビルの解体工事が始まり、2003年(平成1 5年)3月に、上層階を切り取り一部を新築した現在の忠節駅が開業しました。 (これより追記) しかし大規模な改装からわずか2年後の平成17年(2005年)3月31日、 近所の人々や鉄道ファンが見守る中、最後の営業を終えた忠節駅のシャッターが 降ろされます。 そこにはいつまでも深々と頭を下げる駅員さんの姿がありました。 駅員さんは泣いていました。 (ここまで追記 2017年08月11日) |
忠節駅 正面 2003年 3月 撮影 |
跨線橋より西を望む 2003年 3月 撮影 |
駅前通り(後方は駅P)2004年 4月 撮影 |
改札口 2003年 3月 撮影 |
解体前の忠節駅ビル 2002年 9月 撮影 |
忠節駅構内 1970年頃 撮影 |